市民の主体性を呼び起こし 地域医療再生へと導く 藤本 晴枝さん
千葉県山武地域(東金市などを含む6市町、人口約22万人)は、全国でもいち早く医師不足の問題に直面した地域です。1998年当時、糖尿病専門医の大幅な不足などが原因で、糖尿病合併症(壊疽)の発症率が激増。この現状を打開すべく当地域では、千葉県立東金病院を中心とした地域連携を築き、大きな成果をあげてきました。NPO法人 地域医療を育てる会 理事長 藤本晴枝さんは、この地域連携に市民参画の芽を育てる活動をしています。
- 藤本 晴枝さん
- NPO法人「地域医療を育てる会」 理事長
私は、1996年に東京から千葉県東金市に引っ越してきた子育て中の専業主婦でした。ある夜、子供の具合が急に悪くなったので、救急相談センターに問い合わせました。近くの病院には小児科医が当直しているところが無くて、遠くの病院まで夜中に車を飛ばさなければならなりませんでした。その時はただ純粋に「不便だな」「不安だな」としか感じていませんでしたが、今振り返るとそれが地域医療を考えるようになった最初のきっかけになったと思います。
当時、東金市では、病院から勤務医が去り、診療科が次々に閉鎖され、救急患者も受け入れてもらえない、といった医師不足の問題にいち早く直面していました。残された勤務医は過酷な勤務状況のなか必死で働くものの、疲弊して次々と辞めてしまう悪循環が続いていました。
そんな状況を打破したいという思いからか、当時、東金市を含む山武郡市では地元議会を中心に新しい「医療センター」を建設する計画が浮上していました。この計画の住民説明会で、行政と住民の間にこんなやりとりがあったのが印象に残っています。会場の地域住民から「数年先の施設建設よりも、今起こっている医師不足の問題に、どう対処していくつもりなのか」といった訴えがあがりました。これに対し行政は、「努力をしているので、ご理解ください」とひたすら繰り返すだけ。何も情報を公開しない行政と、ただ要求を突きつけるだけの住民の姿を見ているうちに、「このままだと、この地域の医療事情はもっと悪くなる」と危機感を抱きました。
地域住民には、「今何が問題で、どういうことが起こっているか」が見えていないのです。つまり、"公立病院に医師がいなくなるなんてことは、あってはならない"→"あってはならないことが起こっている"→"では、誰がいけないんだ?"という発想に陥っているんですね。でも、医師がどんどん辞めていく理由は、病院や行政の不手際ではなく、もっと構造的な問題があるのです。
それならば、「どうしてこういうことが起こったか」を住民が理解できれば、地域医療を立て直すための知恵やアイデアも出てくるんじゃないかと思いました。まずは行政・医療提供者と住民の間にある情報の非対称性を埋めないと、これから先話が進まないと思ったのが、そもそもの活動の始まりです。
情報発信と場の提供を通し地域住民の問題意識を高める
まず、"この地域から医師がどんどん減っていること""なぜ減っているのか"について情報発信するため、『クローバー』という情報誌を制作し、1万7千部を東金市内に配布しました。これが、地域の医療提供者にとても好評でした。「医療現場で起きていることを、もっともっと地域住民に発信していく必要がある。その為には、きちんとした組織を作って継続的に活動していかなければならない」といった思いを強くし、2005年4月に任意の市民団体として「地域医療を育てる会」を発足させました。(同年12月にNPO法人格取得)
その後、月1回のペースで情報誌を発行し、山武郡市内の病院、診療所、薬局、図書館などに置かせてもらうほか、東金市内の各区長のご協力を得て、回覧版にも載せてもらいました。当初は住民の方々から、「特定のボランティア団体の配布物を、どうして自治体の回覧板に載せるんだ」といったアレルギー反応が起こりました。しかし医師不足が、社会問題としてテレビや新聞でも大きく取り沙汰されるようになってくると、「この情報誌は重要なことを言っているんだ」という認識が住民の中にも広がっていったように思います。
『クローバー』による情報発信と並行して行ってきたのが、学習会や懇談会といった地域住民による話し合いの場の提供です。最初に実施した懇談会では「地域に医療的な問題で困っている人はいないかな?」というテーマを設けました。そこに参加された民生委員の方から、「糖尿病を患った独居老人で、インスリンの自己注射ができない方々が増えています。民生委員の立場として、どこまで関わるべきか悩んでいます」という声が多くあがりました。
今、"高齢者の糖尿病合併症の予防をどうするか"1つとっても、医療現場だけで問題を解決できない時代になってきています。今後は医療提供者任せでなく、地域住民が知恵を出し合い、支援することも求められてくるのではないでしょうか。治療は医療提供者にしかできませんが、予防や介護にまで視野を拡げると、住民にも手伝えることは結構多いものです。
私たちは、主義主張をして何かを実現しようとする会ではありません。今後もこの地域で起きていることについて、出来るだけ正しい情報を発信して、意見交換の場を設けていきます。そこで何かを感じた人が、出来ることから始めていき、自分たちの地域医療を建て直すため、主体性をもって活動していくことが、地域医療の再生につながっていくのではないかと思います。
(聞き手:市民医療協議会 杉山真理子)
藤本 晴枝 さん(プロフィール)
1987年 東京学芸大学教育学部卒業。同年、東京都江戸川区立小松川幼稚園に勤務。93年同退職。96年にサークル「ぶどうの木」を立ち上げ、高齢者在宅介護サービスの情報誌『野の花』『空の鳥』を発行。2004年に山武地域医療センター構想策定委員会のアドバイザー就任。05年4月「地域医療を育てる会」を発足。同年12月NPO法人格を取得。理事長に就任。現在に至る。
千葉県立東金病院治験審査委員会委員、千葉県立東金病院運営懇話会 副会長、1市1町地域医療センター医療専門委員会委員、日本医療政策機構 医療政策国民フォーラム 政策委員、日本医療メディエーター協会 理事などを務める。
更新日:2010年01月18日




